史上最強の哲学入門

重要な順に 気づきをシェア(後半) 

◎ホントウに大切なのは<結果>である。東洋哲学にとって<理屈>や<科学的根拠>なんてものはどうでもいい。そんなものに<正しさ>を求めるよりも、なにはともあれ、とにかく<結果>

◎方便(ウソ)自体まったく重要ではない。重要なのは方便を通して得られる<体験>の方である。すなわち、屋根に登って景色を見ることが重要なのであって、屋根に至るためのハシゴの種類なんかなんだって良い

◎ウソも方便。これこそが東洋哲学の本質

<説明による伝達不可能性>という致命的な問題を抱える東洋哲学は、手段を選ばす<ウソ(方便)>という反則技を持ち込まざるを得なかった。

◎戒律などの<禁欲的な生活規則>。東洋において、それは一つのウソ<方便>である。

そもそも<戒律(禁欲)>の果て、たどりつく境地など高が知れたもの。肉体的欲求を我慢出来たからと言って、それがなんだと言うのだろう。そんなことをしたからって、特別なことはなにひとつ起きやしない。だから、実は肉を食べちゃいけない、妻帯しちゃいけない・・・ といった戒律にたいした意味はなく、ホントウは全部ウソっぱちなのである。

では何のために戒律は存在するのか?

それは、<欲望>という心の動きをくっきりと浮かび上がらせるためである。影をよく見たければ、白い壁を持ってくれば良い。それと同じ理屈。<〇〇しちゃいけない>という白い壁(戒律)が、<〇〇したい>という影(欲望)を浮き上がらせてくれる。実は戒律は<欲望を止めるため>にあるのではなく、<欲望を自覚させるため>に存在している。

そして、それが戒律の存在意義であり目的なのだから、その目的を果たしさえすれば、戒律の内容自体は、どんな馬鹿げたものだって良い。

◎<心が不安である> <心が綺麗> 僕たちは当たり前のように<心>という言葉を使う。だが、いまだかつて<心>というモノを見たことがあるだろうか。よくよく考えてみると、そんなものは一度だって実体をもってありはしなかった。

それらはすべて、ただの思い込みなのである。

<私の心>など最初から無かった! 無いのだから<私の心>が不安になることなどありえない。

◎僕たちは<思考>を<自分自身(私)>だと思い込んでいる。

◎念仏や真言は同じ言葉を何度も繰り返し唱えることで、頭のなかのゴチャゴチャした考えが収まってゆく。すると気持ちが落ち着き、眠りに入りやすい状態が作り出されるという寸法だ。

◎ウパニシャッド哲学を背景として始まったインド仏教が中国に伝播し、老荘思想と融合して成立したもの、それが<禅>という中国仏教の一派である。

◎禅は<だるまさん>でおなじみの達磨によって始められた。彼は中国の人ではなく、インド人。


蓮華の五徳(蓮の五徳)

仏教のシンボルの花は<蓮>

極楽の絵には蓮の花が描かれ、
仏さんは蓮の花の上に座られています。

蓮華の五徳

ではなぜ極楽に蓮の花が咲いているのでしょうか?

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それは阿弥陀経(あみだきょう)
というお経に書かれているからです。

<池の中に蓮華あり、大きさ車輪の如し・・・>

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仏教のシンボルの蓮には、
五つの徳が備わっています。

この五つの特徴を私達が持てば、
極楽に生まれることができると言われています。

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蓮華の五徳(れんげのごとく)

1 淤泥不染の徳(おでいふぜんのとく)

2 一茎一花の徳(いっけいいっかのとく)

3 花果同時の徳(かかどうじのとく)

4 一花多果の徳(いっかたかのとく)

5 中虚外直の徳(ちゅうこげちょくのとく)

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1 淤泥不染の徳(おでいふぜんのとく)
蓮は泥の中で育つけれども、その泥に染まることなく、綺麗な花を咲かせます。

私達もどのような厳しい環境にいたとしても、
心の中は清浄に保てるということを表しています。

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2 一茎一花の徳(いっけいいっかのとく)
蓮の花は一つの茎に一つの花を咲かせます。

あなたは唯一無二の存在です。誰の代わりでもありません。
自分自身をしっかりと持って、人生を謳歌しましょう。

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3 花果同時の徳(かかどうじのとく)
蓮の花は花が咲くと同時に種ができています(※)。

生まれた時から、すでに誰にでも仏の心が備わっています。
仏の原石は備わっているので、きちんと磨きましょう。

※実際には、花が咲くと同時に種ができるわけではありません。
ここで重要なのは、植物学的な正しさでなく、そんな事を思わせるぐらい
蓮の花は神秘的だということです。

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4 一花多果の徳(いっかたかのとく)
一つの花には沢山の種ができます(写真)。

自分の悟り(開花)が沢山の人を幸せにできます。
お釈迦様もご自身が悟りを開かれた後、
生涯、その悟りを人々に伝え歩きました。
だから仏教として今に伝えられています。

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5 中虚外直の徳(ちゅうこげちょくのとく)
蓮の茎は外は硬いが、中は空洞です(写真)。
その茎が太陽に向かって一直線に伸びます。

「私が、私が」という我を空にして、
しっかりと悟り(太陽)へ向かう努力をしましょう。

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以上、蓮華の五徳です。
この五徳を実践すれば、あなたは極楽に生まれる事ができます。


すべてが苦だ 五蘊盛苦(ごうんじょうく)

今日は<四苦八苦>の
<五蘊盛苦 ごうんじょうく

お釈迦さんはどうしたら
幸せになれるか考えた

考えた結果、この世は<苦>ばかり、
この<苦>を克服すれば良いと考えた。

<苦>を克服するために、
お釈迦さんは<苦>を分類してみた。
基本的な4種類と 
さらに4種類追加して合計8種類

なので四苦八苦

今日はこの内の五蘊盛苦(五陰盛苦)について

五蘊盛苦 とは
人間の精神も肉体もすべてが苦 
だということ

まず五蘊とは、 人間を成り立たせている五つの要素。
色(しき)(=肉体、物体)・受(=感覚)・想(=想像)・行(ぎょう)(=心の作用、意志)・識(=認識、意識)

般若心経にも出てくる<五蘊皆空> の五蘊

それらすべてが苦だということ
もうどうしようもない、全てが苦

ところで、仏教はインドで生まれて、中国を経由して、日本に入ってきた。
日本に入ってきた仏教は中国ナイズされている。

どのように中国ナイズされているかといえば

<人生最高! もっと人生楽しもう>

一方、インドでは、<人生は苦だ>

全く逆、

高野山を開いたお大師さん(空海)も、中国へ行って持ち帰ってきたものは
現世利益が全面に出ている密教

日本にはインド的な<人生は苦だ>という厭世的な仏教と
一方、中国を経てやってきた<人生最高!>という現世利益的な仏教が

混じっている。
そう、日本はインドと中国のいいとこどりをしている。

あなたの置かれている状況によって、インド的仏教、中国的仏教を選ぼう!
最終目的地は同じ。

最終目的地は、幸せになること

仏教に限らず、すべての宗教の最終目的地は<幸せになること>
手段(宗教)はいろいろあるけれども、結果がすべて

あなたにあった宗教を選んで、幸せになろう!